ノニト・ドネア WBSS決勝密着
ノニト・ドネアとスタッフの乗った車が九段下のホテルグランドパレスに辿り着き、“王者”から“前王者”になったフィリピンの英雄がロビーに入ってきた。トレーニングウェアを着て、頭に白いタオルをかけたドネア。まずはそこで待っていた支持者たちに丁寧にお礼を述べた。
「皆さん、どうもありがとうございました。勝ってここに戻って来たかったので、とても残念です」
11月5日 最終会見と調印式
タイトルマッチ前最後のインタビュー。トレーニングウェアを着た王者は丁寧に日本と井上へのリスペクトを述べ、同時に溢れ出る自信を語った。ファイト直前のボクサーのコメントは抽象的かつ大げさになることが多いが、ドネアの言葉は具体的で的確。落ち着いた語り口と態度が、キャリア18年の大ベテランの年輪を感じさせる。
今回のインタビュー中、これまでとは違い、ドネアは一度も“イノウエ”という名前を呼ばなかった。どんな質問にも、常に“彼(Heかhim、his)”。自らを目標にしてきた後輩王者に対してドネアも確実に愛着を抱いているが、ここまで来たらそんな感情は邪魔にしかならない。自らの後を追いかけるように台頭してきたスーパースターは、今や宿敵であり、もう名前を呼ぶ必要もない。
11月6日 前日計量
「ハイ、ダイスケ!」。ホテルグランドパレスのエレベーターの前にいた私を見ると、そこでついに満面の笑顔を浮かべた。事前からクリアできる手応えはあっただろうが、フェザー級でも戦ったドネアがバンタム級に落とす減量が容易なはずはなく、まず最初の戦いを終えた開放感が垣間見えた。
今後の食事予定を尋ねられ、「このあとはラーメンを食べて、夜はステーキ」と前夜にも述べていたリカバリープランを繰り返す。途中で日本人報道陣に促され、背後に置いてあるモハメド・アリ・トロフィーに目をやるシーンも。
「獲得できれば最強の証明。このトロフィーをリング上で掲げることを楽しみにしています」
11月7日 試合当日
リングウォークを開始すると、ドネアの全身に敵地とは思えないほどの莫大な歓声が注がれる。しばらく背後を歩いていても、場内の熱気に圧倒された。
WBSS独特のレーザーを使った派手なセレモニーが開始。コーナー下に設置されたステージ上でのドネアは、どう動けば良いのかがはっきり分からず、井上の方をチラチラ横目で見ながら確認していた。長いキャリアを誇るフィリピンの英雄も、英国サッカーのそれを彷彿とさせるWBSSの斬新な演出にはまだ馴染めていないのだ。
11月8日(深夜) 試合終了後
死闘を終えて、ホテルグランドパレスのスイートルームは少々息苦しいほどに静かだった。
部屋に戻ると、ドネアはそのままソファにおもむろに腰をかけた。壮絶な一戦に敗れ、明らかに意気消沈した前王者の姿に、ロビーで待っている間は騒がしかった10人以上に及ぶ取り巻きたちも沈黙を保っている。その間隙を縫うように、ドネアは試合を振り返り始めた。
「良い試合になりましたが、私は多くのミスを犯してしまいました。ゲームプランを間違えた。パワーに頼りすぎてしまったことを否定はしません。もちろん井上を讃えなければいけませんね・・・・・・」
ソファに深々と座ったドネアは、前述通り、満足感などまったく感じさせず、心底からの悔恨を語った。冷静に敗因を分析し、特にチャンスを掴んだ第9ラウンドに攻めきれなかったことを悔やんだ。
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杉浦大介 | スポーツライターさんの独占密着インタビューです。