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「雨上がり決死隊」が解散を正式発表 | 解散きっかけは「宮迫のYoutubeYouTube」「1年半、毎日泣いていました」宮迫博之「完全な僕のミス」フジモン大号泣「宮迫さんのせいですよ」

吉本興業を通じて発表された。吉本によると、同日の午後8時に蛍原徹と宮迫博之から、解散の旨を伝える動画が発表された。

蛍原は引き続き吉本所属のまま活動を続ける。同日午後8時からは、吉本興業のYouTube公式チャンネルとABEMAで、「アメトーク・特別編 雨上がり決死隊解散報告会」を配信し、2人から経緯などの報告が行われる。

復帰するなら『アメトーーク』

宮迫は「テレビ復帰するなら『アメトーーク』」と語っていたが、まさかの幕切れとなった。

「雨上がり決死隊」は、1989年にNSC大阪7期生の宮迫と蛍原で結成。91年、ナインティナインやFUJIWARAらと共にお笑いユニット「吉本印天然素材」が作られ、お笑いとダンスを融合した斬新なスタイルで若者からの支持を得た。

92年に「雨上がり―」は「第13回ABCお笑い新人グランプリ」優秀新人賞を獲得。96年に吉本印天然素材を脱退した。コンビの名を確固たるものにしたは2003年。コンビで全国初の冠番組「アメトーーク!」がスタートし、2人でひな壇を操るMCとしての地位を築いた。

2018年にはコンビ30周年を迎えていた。今年ついにコンビ32年の歴史に幕を下ろした。

 

たむけん「辛い、辛すぎます」

たむらけんじがフェイスブックなど、自身のSNSを更新し「ただただ悲しい」とつづった。

2人には「蛍原さんも宮迫さんも大好きなんです」と言い、世話になってきた。

蛍原、宮迫は、騒動後にコンビ活動を休止しており、関係者によると「あくまでもケジメをつけた形」で、蛍原もこれまで通り仕事は継続するという。 ただし「解散」という現実、決断は重い。

たむらは「辛い、辛すぎます」とつづり、2人と映る写真複数枚も掲載し、悲痛な思いを書き込んだ。

解散きっかけは「宮迫のYoutube」

解散のきっかけは、宮迫がYouTubeをやり始めたことだったことを明かした。4月に蛍原から解散を切り出した。

宮迫が「2年ぶり…やばいですね」と口にすると、感極まったのか、声を上ずらせ、「ちょっと待って…またこんなの芝居っぽい、演技っぽい、言われるから」とやり直しをしようとする。

2年前の騒動を振り返ると、涙ぐみそうになり、「これはアカンな」。そして「ご迷惑をおかけした皆さんに…すいませんでした」と頭を下げた。  続いて蛍原が「本日をもちまして、コンビ解散ということになりました。お世話になりました」と2人で頭を下げた。

蛍原は、活動休止の2年間で「宮迫さんに対する気持ちにズレが生じてきました。宮迫さんがYouTubeをやり始めてから、方向性(の違いが)どうも大きくなってきたような。僕は複雑な気持ちが続いてました」とコンビで復帰したいと口にしていたはずの宮迫が、ソロでYouTuberとして活動し始めたことが原因だったことを明かし、今年4月に「僕の方から解散しよ、と切り出しました」と明かした。

蛍原「僕はこうしない」

蛍原は「みなさんに2人から報告したいことがあります。平成元年にコンビ結成しまして、約32年経ちましたが、本日をもってコンビ解散いたします。経緯については。一昨年、宮迫さんに闇営業問題がありまして、そこから2年間まったくコンビ活動なく、一人ずつやってきました。僕的に、宮迫さんに対する気持ちが、ちょっとずつズレが生じてきたかなと思います。もちろん、最初はコンビでなんとか2人でもう1回やりたいと思っていました。なんですが、宮迫さんがYouTubeやり始めたくらいから、個人の価値観なり、方向性があるもんで、その方向性(の違い)がやっぱり、どうも大きくなってきたような気がします」

「その辺りが複雑な気持ちが続いていました。後輩の芸人さんが(宮迫のYouTubeに)お世話になる時も、わざわざ僕に報告してくれるんですね。なんかそれもですね…。もちろん、コンビなんで、すべてお互い様で、僕の価値観が合っているとか一切な言えないです。宮迫博之さんがひとりでやっていたら、応援していたと思っていたんですけど、相方の横に戻るためにっていうことだったので、それだったら、僕はこうはしないよっていうズレはありました」

蛍原「1年半、毎日泣いていました」

コンビで解散までの経緯などについて2人で語ったのち、普段の同番組さながらに2人の同志である東野幸治・出川哲朗・ケンドーコバヤシ・狩野英孝・FUJIWARAが登場。それぞれが2人にコメントを残す中、FUJIWARAの藤本敏史が解散に際し「これ解散までしなきゃいけないことなんですか?」と涙。「いつか2人でやらはんねやろなと思ってたので」と吐露し「再結成は本当に何年かかってもいいので、また再結成の時にこういう感じでやってほしいです」「お願いします」と願望を明かした。

それを受け、蛍原は「本当にありがたい」としつつも「それくらいフジモンみたく1年半僕泣いてたんで。はい、それは自分なりに決定したことなので、お気持ちは嬉しいんですけど。もちろんそう思ってたら解散なんてしないしね」とメッセージを送った。

そして配信の最後にメッセージを求められ、まずは蛍原が「本当にたくさんの方にご迷惑おかけしまして、本当に感謝してますのでこの場を設けていただいたことに。ありがとうございます」と改めて感謝し「僕も宮迫さんも前向きに頑張っていこうと思います」と意気込んだ。

宮迫博之「完全な僕のミス」

蛍原は「最初はなんとかしないとダメ、いつか2人で戻ってきてできたらいいと思ってました。宮迫さんもそう思ってると思ったんですが、しっかり反省した後は、舞台からちょっとずつ地道いけたらいいと思ってました。年明けてYouTubeやると聞いて、その時期にYouTubeやるってこと自体が疑問でした。一番疑問やったのが始めた時期」と話し、ロンドンブーツ1号2号の田村亮の復帰時期とかぶっていたことに疑問を呈した。

宮迫は「もちろん、僕もどうかと思ったけど、細かい気持ちを伝えれてなかった。おとなしく反省してたら良かったのかもしれないけど、一番アカンことを考えてしまってた。『消えてしまった方がいいのかな』とか。そこでYouTubeという話をいただいた。説明できないまま始めてしまったのは、完全な僕のミス。コミュニケーションが取れてなかった」

フジモン大号泣「宮迫さんのせいですよ」

東野幸治は「今日話して、2人でやったらええやんと思いました。今日がいい節目になったんじゃないかなと思います。頑張ってほしいと思います」。

出川哲朗は「2人がそろってる場に呼んでもらってありがとうございます。新しい部分を引き出してくれた2人には感謝しかない。あなたたちはお互い頑張って」。そして「一ついえるのは、『アメトーーク!』は間違いなくバラエティー史上に残る番組だから、それを作ったことを誇りに思ってほしい。1回、“笑いの金メダル”をとったんだから」と続け、嗚咽しながら涙を流した。

FUJIWARAの藤本敏史も顔にハンカチをあてて大号泣。「解散までせなあかんことなんですか! ほんとに納得できません!」と振り絞るように語気を強めた。そして涙を流しながら「宮迫さんが悪いんですやん!宮迫さんのせいですよ、もう。最後だから言わせてもらいますけど。雨上がり決死隊がなくなるんですよ。どんだけ迷惑かけるんですか、マジで! 解散するのは信じられない。何とかならないんですか、東野さん」と激しい口調で続けた。

宮迫博之「32年間ありがとうございました」

FUJIWARA藤原敏史が泣きながら、「再結成は何年かかってもいいんで。お願いします」と2人がいずれコンビを組むことを強く願うと、蛍原は「すごくありがたい言葉なんですけど、やっぱりそれくらい、(今の)フジモンみたいなことを、ぼく、1年半毎日泣いてたんで。それは自分なりに決定したことなんで。すごく気持ちはうれしいんですけど…という感じです」と話した。

最後に2人がコメント。蛍原は「解散ということはぼくが決めたことなんで。もちろん、ここからが本当に大事だと思ってますんで、ぼくも宮迫さんも前向きに頑張っていこうと思っています」と述べた。

宮迫は「本当にぼくのせいなので。一生かけてそれは反省したいと思います。でも、50すぎて見苦しいかもしれないですけど、あきらめずに、いつか一緒にできることがある、その日を作るために、ぼくは何もあきらめずに、頑張り続けたいと思います。感謝する人たち、謝る人たちが多すぎて、うまく言葉にはできないですけど、泥くさく生きる姿を見ていただきたいし、笑っていただきたいと思います」などと、涙ぐみ、時折声を詰まらせつつ話した。

そしてエンディングで、宮迫は「飛べないですよ、50こえて」とこぼしつつ、得意ネタであるプロレス技「ドロップキック」を蛍原に対して放った。宮迫は「蛍原さん、32年間ありがとうございました」と言いつつ、スーツ姿でジャンプして蛍原に”最後の”ドロップキック。蛍原も豪快に床を転げ、「ほんとうにみなさん、ありがとうございました!」と2人で頭を下げて配信を締めくくった。

蛍原徹「4月に会って僕の方から切り出しました」

蛍原が「雨上がり決死隊、コンビを結成して32年、本日をもって解散いたします。お世話になりました」と報告した。宮迫は「2年ぶり…やばいです。どんな顔して出てきたらいいのかなと。ご迷惑をおかけしたみなさん、本当にすみませんでした」と声を詰まらせ、涙を浮かべた。

蛍原は「別々にやってきて、ちょっとずつズレが生じてきた、と正直思います。コンビで復帰したいと思っていましたが、僕と宮迫さんの価値観、方向性の違いが大きくなってきました。複雑な気持ちが続いてきました。後輩たちが宮迫さんのYouTubeに出る時に僕に報告してくれる。それも苦しかったし、スタッフにも気を使わせた。雨上がり決死隊の屋号を外した方がすっきりするのではと思って、4月に会って僕の方から切り出しました」

蛍原は「アメトーーク」終了を主張

蛍原は、解散に伴い番組終了を主張したという。「解散するということは、宮迫さんのおかげで今の僕がある。僕だけ残るのはあまりにも都合良すぎる、と」と話した。

宮迫は「僕は勝手しながらやってきた。その間にこの人がどれだけフォローしてくれたか。僕だけの力じゃない、コンビの力だから、と言った。アメトーークでチャンスをつかんでいく人を見るのが好きだから、番組はなくしたくないと説得した」と説明した。

東野幸治が「宮迫がゲストとして『浮気大好き芸人』とかの出方は?」と聞くと、宮迫は「テレビというメディアに出づらい状況ではあるが、まだあきらめてない。テレビのひなだんの一番端っこ、一番声出さなアカンところから」と話した。

吉本興業が雨上がり決死隊の解散を発表

サイトで「これまで、雨上がり決死隊に多大なご支援をいただきましたファンの皆様、関係者各位には心より感謝いたしますとともに、それぞれの道を歩んでいく2人に今後ともご支援を賜りますようお願い申し上げます」と呼びかけた。